リアリズムの喫茶店2

今回は、多田亮三郎著『リアリズムの喫茶店』の中で、ユニーク度ナンバーワンのカフェを紹介したいと思います。ファンキーな和歌の浦の中でもとびきりファンキーだったカフェ?その名は『アルタミラ美術館』です。以下に紹介します。

………

多田 和歌山というのは日本の他地域に比べてかなりファンキーなんですが、和歌浦周辺は特に濃いというか、あそこは日本屈指のファンキーエリアかもしれない。大阪の奇人変人達が吸い寄せられて住み着いてしまうブラックホールエリア。

進士 ファンキーというのは日常よく使うんですが、あれって日本語だとしっくりこないですね。単に変わってるんじゃないし。

多田 ファンキーというのは、単にクールなんじゃなく、常軌を逸しているというか、風変わりなんだけど、それがかえってかっこいいというか、それとちょっと笑けるところがあって、そういう意味では和歌浦周辺はダントツでファンキーなエリアなんです。たとえば「バグース」のすぐそばにも超ファンキーな店がありました。

八雲 ひょっとしたらそこ「アルタミラ美術館」じゃないですか。

多田 ピンポーン。すごいですね。

八雲 入ったことはないんですが、道沿いに「アルタミラ ミュージアム オブ アート」と書かれた洞窟の入口のような壁があって、それを見た瞬間、これはいったいなんなんだと、思わずふきだしそうになったことがあります。しかしこういうユーモアがある人間はただものじゃないと思い、思わず車をとめて写真を撮りまくりました。そのとき撮った写真がこれです。日付はないんですが、たしか平成十二年、西暦だと二千年の七月頃かな。壁の前が車三台ほど置ける駐車場になっていて、右側の階段をのぼっていくと建物ですが、上に「売家」とありますからますます不可解でした。

 

多田 これはすごい。めちゃくちゃレアな写真ですよ。よく撮れましたね。さすが八雲さん。「アルタミラ美術館」が尋常じゃないレベルは「バグース」を軽く超えてるんです。めちゃくちゃファンキーで、私の知る限りファンキー度日本一かも。昔、てっきり喫茶店だと思って横の階段をのぼっていったことがあるんです。すると物陰からマスターらしき人がぬっと現れて、まあどうぞとかいうので中に入ったんですね。部屋は二つか三つあって、どの部屋の壁も漆喰で厚く塗られた白壁で、その壁一面に抽象画や具象画がびっしりかけてあったのでびっくりしました。 

で、失礼に当たるのでいちおう絵を全部鑑賞したんですが、そのうちてもちぶさたになってマスターと世間話をしてたんですよ。マスターは生まれも育ちも大阪で、旅行が好きでいろんなところに行ってたみたいですが、特にバリ島が死ぬほど好きになって、バリのアーティスト達と交流するようになり、ここに飾ってある絵はバリの絵描きさんと和歌山の無名の絵描きさんの絵が中心だといってました。で、なぜ大阪からわざわざこんな辺鄙な和歌浦に引っ越してきたのかというと、この和歌浦がいちばんバリの景色に似てるからだというんですよ。こちらはバリ島をまったく知らないので、ふんふんと適当な相槌を打つだけ。で、話を聞くうちに、ここはひょっとしたらインチキな絵を高く売って商売してるところじゃないかと不安になり、そそくさと退散しようとしたら、マスターがその気分を察して、お客なんてめったに来ないので逃すまいと思ったのか、あるいは単に寂しかっただけなのかわかりませんが、まあゆっくりしていってくださいと、海が見渡せるソファーをすすめたので、むげに断るのも失礼なんでそこに座ったんです。するとこれがまた気持ちのいいソファーで、眼前に和歌浦湾が広がって、一幅の絵になっている。

気分が爽快になったので、そこでぼんやりしていると、マスターがやってきて、これから晩飯の弁当買って来るので、絶対帰らないでくださいというんです。えっ、と驚いたんですが、詮索するのもあれなんで、はい、とか適当なこといってそのままソファーでぼーっと寝っ転がってたんです。ところがなかなか帰ってこない。事故にでもあったんじゃないかと心配したんですが、しかしこのまま帰るわけにもいかない。そうこうしているうちに、やっとコンビニかスーパーの白いビニール袋を持って帰ってきたんですが、なんと私のためにわざわざジュースを買ってきてくれて、そのうえ冷蔵庫からアイスクリームまで出してくれたんです。それがまためちゃおいしい。で、食べるだけ食べて、いくらですかと尋ねると、お金はいらないというのでまたまたびっくり。

営業時間を聞くと、夕方四時から店をあけ、夜十時頃まではやるとのこと。しかし毎日開けても十中八九客は来ないだろうし、こんなわけのわからん商売やって儲かるわけがない。だったら昼間はどこでどんなバイトをしているのか、いろいろ聞きたかったんですが、失礼なのであえて聞きませんでした。いやほんと、あそこは完全につげ義春してましたね。

進士 客が来ないのに店を開けてるってことですか。しかも売れることはまずない無名画家の絵を壁に飾って売ろうとしている。それってつげさんの作品でいうと石を売る人ですね。河原の石を売る人。どんな石でも好きだと思えばそれがその人の名石になると。

多田無能の人」です。マスターとつげさんは私の中でだぶってるんですが、ただつげさんのように赤面恐怖症じゃない。

八雲 多田さんのジャンルでいえば「アルタミラ美術館」は交流系だと。

多田 交流系だと思います。つげさんは完全な非交流系ですからそこだけはまったく違っている。マスターは、確かめたわけじゃないんですが、成功不成功は別としてライブやったり映画作ってたみたいですし、そこんところは「バグース」とよく似てて意外にアクティブなんです。

進士 でもまあそんなんじゃすぐつぶれる。

多田 すぐに消えてなくなりました。私が行ってから数年たって前を通ったとき、もう跡形もなかった。噂によると大家さんが立ち退き請求したとのこと。そもそも最初から「売家」の看板をかけてましたからおかしいなとは感じてたんですが。なんか夢のような空間でしたね、「アルタミラ」は。大阪弁でいうと「アルタミラって、めっちゃファンキーやん」になる。標準語よりこのほうがリアルで、しっくりくる。それからマスターは「アルタミラ」をやめてからまた同じような店を和歌浦でやってまして、しかしそこもすぐにつぶれ、現在は行方不明とのことです。つい最近前を通ったら、写真の「AMA ALTAMIRA MUSEUM OF ART」という白ペンキの壁の文字はきれいに消され、昔あった建物は取り壊されて三階建ての瀟洒な家になってました。 

進士 「アルタミラ美術館」は一般的なジャンルでいうとどうなるんですか。

多田 ジャンルを超えてます。ここは最初から最後までいまだになんなのかさっぱりわからない。

進士 つまり前提が違うと。

多田 「アルタミラ美術館」は名前の通り美術館なんでしょうが、どう考えても普通の美術館じゃない。夜しか開いてないからまず誰も来ない。来ても入場料を一切とらず、絵は無名画家ばかりで、まず売れない。ドリンク等を出してくれるんですが、お金をとらない。マスターは美術館の上の階で暮らしていて、昼間は外に出てどこかでお金を稼いでいる。ライブや映画製作にも興味がある。

八雲 美術館でもないし、喫茶店でもないし、なんなんですか。

多田 茶店だと思えば喫茶店だし、美術館だと思えば美術館だし、ライブハウスといえばライブハウスだし、展示スペースだと思えば展示スペースだし、その人がそうだと思えばそうなると。

八雲 なるほどね。

進士 なんかすごいところですね、和歌浦は。でもなんか共通項があるような。

多田 全部インドネシアのバリ島です。「バグース」もインドネシア語で最高という意味ですから。

八雲 あ、そうそう、バリといえば、「アルタミラ」そばの山の中にバリの雑貨を扱う奇妙な店がぽつんとあったでしょう。あそこも行ってませんが気になってました。

…………